[読書中]★司馬遼太郎街道をゆく 34 大徳寺散歩、中津・宇佐のみち』(朝日文庫、1994.08)2014.01.21-

2019.04.14日(2018.11.17土)(つづき27、2014.01.21-)司馬遼太郎著1994.08。 
(P238) 
黒田家、宇都宮鎮坊について。 
法然」の名が跡取りらしい若い人から出た。 
とりあえず宇都宮鎮坊の供養になると思った。 
法然もすべてを捨てた人。 
一遍も捨て聖と呼ばれた。 
熊谷直実(鎌倉の御家人)は、全てを捨てて法然の弟子になった。 
この浄土宗の寺の軒下。